保田與重郎関連エントリー

裏方日記 【古本紹介 (保田與重郎)】

1月11日 裏方日記 (夜食買い出し担当 子安 ) 【古本紹介 ( 保田與重郎 )】 (画像:故 保田與重郎 氏) 本日は、故 保田與重郎 著、『 日本史 新論』を紹介させていただいた後に、雑感を少々書かせていただきます。 ...

裏方日記 【古本紹介 (保田與重郎)】

[歴史][文学]文徳天皇陵と保田與重郎邸

... さて、 文徳天皇 陵の側に 保田與重郎 の家があることは、芳井先生から聞いていた。芳井先生から 保田 邸の写真集 *2 を見せてもらっていたので、割と簡単に見つけることができた。 文徳天皇 陵の入口から少し東に行ったところにある坂道を上る ...

[歴史][文学]文徳天皇陵と保田與重郎邸

保田與重郎

文体の発見 9/保田與重郎 岡本かの子、梶井基次郎、中島敦の三人に語られている一章ずつに関する話を飛ばして、いきなり保田與重郎に関して考えてみようと思う。 途中で説明した通り、この粟津則雄の『文体の発見』では ...

保田與重郎

保田与重郎『改版 日本の橋』(昭和17年第六版)

... この保田与重郎の『改版 日本の橋』も31日の「書窓展」で。本文ページに染みがかなりあったため、値段は格安だった。装幀が棟方志功で、帙付きで、初めて見た本だったので購入。 ... 日本浪漫派の保田与重郎といっても、最近ではほとんど読まれないだろうが ...

保田与重郎『改版 日本の橋』(昭和17年第六版)

保田與重郎文庫23 戦後随想集 新学社

保田與重郎文庫23 戦後随想集 新学社 二十年私志より 昭和二十年代、当時の私は追放中だつたから、わが生涯に於て最も多く、最も露骨に時務論をしるしつづけたのである。 ... 文学文章は、ただこの至誠に通ふ本質論にのみある。 保田與重郎 略歴 ...

保田與重郎文庫23 戦後随想集 新学社

保田與重郎とは?

保田 與重郎、保田 与重郎(やすだ よじゅうろう、1910年4月15日 - 1981年10月4日)は日本の文芸評論家。筆名は湯原冬美。奈良県桜井町(現桜井市)生まれ。大阪市阿倍野区にあった大阪高等学校 (旧制)から東京帝国大学美学科美術史学科卒業。大阪高校時代にはマルクス主義にも触れたが、その思想を受け入れることはなかった。しかし、蔵原惟人や中条百合子の作品に対しても、しかるべき評価をしているように、全く無関心であったわけではない。また、大阪高校時代の同級に竹内好がいて、後に保田が中国を訪れたときに、竹内が案内をしたことがある。
在学中より、「コギト」「日本浪曼派」創刊同人として活躍。[高校時代のマルクス主義から後に、ヘルダーリンやドイツロマン派のシュレーゲルへ傾倒して、近代文明批判と日本古典主義を展開。昭和11年に、処女作である「日本の橋」で批評家としての地位を確立する。以後、日本浪曼派の中心人物として、太平洋戦争終了まで、時代を代表する評論家となる。

保田與重郎の詳細

保田與重郎に関する質問

保田與重郎 保田與重郎の『日本の橋』講談社文芸文庫に、「ササン..

保田與重郎の『日本の橋』講談社文芸文庫に、「ササン朝のシャパル一世の時、羅馬の工人を招いて作らせたというプルイカイザー橋」(p.8)というのが出てくるのですが、この橋の画像・解説等の載っているサイトがありましたら、教えてください。

政治・社会 芸術・文化・歴史  保田與重郎の『日本の橋』講談社文芸文庫に、「ササン..の詳細